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2008年05月05日

小林一茶の歴史

壮絶な人生を歩んだ人だったのですね。

小林一茶(こばやし いっさ、宝暦13年5月5日(1763年6月15日)-文政10年11月19日(1828年1月5日))は、江戸時代を代表する俳諧師の一人。本名・小林弥太郎。


信濃北部の北国街道柏原宿(現・長野県上水内郡信濃町大字柏原)の貧農の長男として生を受ける。3歳の時生母を失い、8歳で継母を迎える。継母に馴染めず江戸へ奉公に出、25歳のとき二六庵小林竹阿に師事して俳諧を学ぶ。(論拠不肖であるが、藤沢周平著「一茶」では小林竹阿には実際あったこともなく弟子というのは一茶の詐称との記述がある。)

29歳の時、故郷に帰り、翌年より36歳の年まで俳諧の修行のため近畿・四国・九州を歴遊する。39歳のとき再び帰省。病気の父を看病したが1ヶ月ほど後に死去、以後遺産相続の件で継母と12年間争う。一茶は再び江戸に戻り俳諧の宗匠を務めつつ遺産相続権を主張し続けた。

50歳で再度故郷に帰り、その2年後28歳の妻きくを娶り、3男1女をもうけるが何れも幼くして亡くなっていて、特に一番上の子供は生後数週間で亡くなった。きくも痛風がもとで37歳の生涯を閉じた。2番目の妻を迎えるも老齢の夫に嫌気がさしたのか2ヶ月で離婚。3番目の妻やをとの間に1女・やたをもうける。やたは一茶の死後産まれ、父親の顔を見ることなく成長し、明治まで生き一茶の血脈を後世に伝えた。

文政10年閏6月1日(1827年7月24日)、柏原宿を襲う大火に合い母屋を失い、焼け残った土蔵で生活をするようになった。そしてその年の11月19日その土蔵の中で65歳の生涯を閉じた。

引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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2008年05月01日

伏見宮邦家親王

を学ぶ。

伏見宮邦家親王(ふしみのみや くにいえしんのう、享和2年10月24日(1802年11月19日) - 明治5年8月5日(1872年9月7日))は、江戸時代末期、明治時代の日本の皇族。伏見宮第20代。伏見宮貞敬親王の第1王子。幼称は睦宮(まさのみや)。父の貞敬親王は天皇候補として名が挙がったことがある。 文化14年(1817年)、光格天皇の猶子となり親王宣下を受ける。邦家と命名される。同月元服し、上野太守に補任され三品に叙せられる。天保6年(1835年)鷹司政熙の女景子(ひろこ)と結婚する。天保12年(1841年)父貞敬親王が薨去したことにより伏見宮を相続する。しかし、翌天保13年(1842年)第6王子睦宮(よりのみや、後の貞教親王)に家督を譲り隠居する。親王は落飾し禅楽と号する。

元治元年(1864年)2月7日復飾を許され、伏見宮を再継承し、邦家の名に復帰した。元治3年(2年説あり)3月二品に昇叙され、式部卿となる。親王は大政奉還がなると慶応3年(1867年)国事御用掛に任じられる。慶応4年(1868年)3月2日、多年に渡り楽道に精進した功労などを賞され、一品に叙せされる。

明治5年(1872年)3月、家族とともに京都を離れて東京に移住する。4月10日、家督を第14王子貞愛親王に譲り隠居する。同年8月5日薨去。71歳。

邦家親王は、父貞敬親王同様に子宝に恵まれた人であった。

妃鷹司景子
第七王子:伏見宮貞教親王
第四王女:碌子女王
第八王子:喜久宮
第六王女:福喜宮 文秀女王
第七王女:倫宮 則子女王(徳川茂承室)
第八王女:嘉世宮(王女)
第十王女:利宮(王女)
第十五王子:伏見宮貞愛親王
女房 藤木寿子
第一王子:山階宮晃親王
女房 上野寿野
第二王子:聖護院宮嘉言親王
第三王子:曼殊院宮譲仁入道親王
第一王女:恒子女王(二条斉敬室)
女房 鳥居小路信子
第四王子:久邇宮朝彦親王
女房 中村杣
第二王女:順子女王(一条忠香室)
第五王子:久我誓円
女房 古山千惠
第三王女:和子女王(大谷光勝室)
女房 近藤加壽尾
第六王子:微妙院
女房 堀内信子
第五王女:菩提院(王女)
第九王子:小松宮彰仁親王
第十王子:北白川宮能久親王 
第十一王子:誠宮(王子)
第十二王子:愛宮(王子)
第十三王子:華頂宮博経親王
女房 伊丹吉子
第九王女:九條日榮
第十四王子:北白川宮智成親王
第十一王女:節宮貴子女王(松平忠敬室)
第十二王女:歡樂院
第十三王女:多明宮(王女)
第十六王子:清棲家教伯爵
第十七王子:閑院宮載仁親王
第十八王子:東伏見宮依仁親王
第十四王女:萬千宮(王女)
皇位継承問題の中で、男系を維持するために皇籍復帰を主張される昭和22年(1947年)に皇籍離脱した旧皇族11宮家は全て邦家親王が源流である。
(以上、ウィキペディアより引用)

こうやって日々学んでいきましょう!

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